【第0回|プロローグ】キャリアとは何か。
- watanabe nobuyuki
- 2月25日
- 読了時間: 3分
それは「どう生きるか」という問いから始まる
2月も終わりが近づき、少しずつ春の気配を感じる季節になりました。
4月から新しい年度を迎える組織も多く、人事異動や体制変更、新入社員の受け入れ準備など、静かに次の年次へ向けた動きが始まっています。
こうした節目の手前の時間は、慌ただしくもありますが、同時に立ち止まって考えることができる貴重なタイミングでもあります。
だからこそ、今あらためて問いを置いてみたいと思います。
私たちは、何のために働いているのか。そして、どんな生き方を選ぼうとしているのか。
キャリアは、いつの間にか「下の階層の話」になっていないか
キャリアという言葉は、不思議な扱われ方をします。若手向けのテーマであり、管理職になる前までに考えるもの、そんな暗黙の前提が置かれていることが少なくありません。
一方で、立場が上がるにつれて「キャリアについて語ること」は減っていきます。
役割が増え、責任が重くなり、個人のキャリアよりも組織成果が優先される。それ自体は、経営の立場として当然のことです。
しかしその結果として、「どう生きるか」「何のために働くのか」という問いが、組織の中から静かに消えていくそんな現象が起きていないでしょうか。
目標は立てている。でも、目的は語られているだろうか
多くの組織で、目標管理の仕組みは高度に整っています。数字も、プロセスも、評価制度もある。
それでもなお、
ビジョンが腹落ちしない
管理職やリーダーが疲弊している
若手が将来像を描けない
そんな声が聞こえてくるのはなぜでしょうか。
その背景には、目標と目的が、いつの間にか切り離されているという構造があります。
目標は明確でも、「なぜそれを目指すのか」「その先に、どんな社会や組織をつくりたいのか」が語られない。
すると、目標は達成されても、意味は共有されません。
経営とは、「問いを置く仕事」でもある
経営の役割は、意思決定をすることです。方向性を示し、資源を配分し、責任を引き受ける。
同時に、もう一つの役割があります。
それは、組織にどんな問いが存在するかを決めることです。
何を大切にしているのか
どんな価値を生み出したいのか
仕事を通じて、どんな人でありたいのか
これらの問いは、明示されなければ自然には共有されません。
問いが置かれなければ、現場は「正解探し」に向かいます。問いがあれば、人は「意味づけ」を始めます。
キャリアは、制度ではなく「対話」で育つ
キャリア支援というと、制度設計や研修が先に思い浮かびがちです。
もちろん、それらは重要です。ただ、それだけでは足りません。
キャリア観や働く意味は、対話の中でしか育たないからです。
誰かが語り、それに誰かが応答し、また問い直される。
経営層が語らない組織で、管理職が語れるようになることはありません。管理職が語らない組織で、リーダーが語れるようになることもありません。
キャリア観は、上から下へと静かに滲みていくものだからです。
この連載について
このブログでは、「キャリアとは何か」「どう生きるのか」という問いを、立場ごとに掘り下げていきます。
管理職の立場から
リーダーの立場から
新人・若手の立場から
それぞれが直面する葛藤や迷いを扱います。
ただし、これは「誰かのための話」ではありません。どの回も、すべての立場の人にとって他人事ではないそんな構成にしています。
今このタイミングで、問いを一つ置く
年始を少し過ぎた今だからこそ、改めて問いを置いてみたいと思います。
私たちは、どんな組織をつくろうとしているのか。 そして、その中でどんな生き方を選ぼうとしているのか。
この連載が、その問いを考えるきっかけになれば幸いです。


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